Title  グリーン・カード 72  緑の札 72  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年十月二十九日(水曜白)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle 【鬪爭】  爭鬪 八  Description  トヤマの姿が消えた瞬間、淒じ い勢ひで五六人の男が、室内に驅 け込んだ。  五六人の男の眼が一樣に血走つ てゐた。彼等は無言のまゝで、ぢ つとセキを睨み續けた。 「誰れです、お前達は?」  彼女は卓子を叩きつけて、さな がら奴隷に對するやうな態度と言 葉で投げ返した。「誰に許されて 入つて來たのです。」 「社長! 私達は誰に許された者 でもありません! 私達は貴女に 殺された者の命令に從つたまでゝ あります。」 「お默り!お前達は何といふ無 禮な、愚かな者でせうか! サク ラ號の爆破は人間の意思によつて 遂行されたものでゝもあるかのよ うにが鳴り立つて血迷つてゐる! お前達は、あたしに面談を強要す るなんて----そしてあたしの感情 を惡くするなんて、とんでもない 損失です!」 「社長!」  彼等の眼は更に----あるものゝ 迫る野獸的な力にふるへた。 「貴女は人間の生命が、金錢の量 によつて代償されるものだとおつ しやいますか!?」 「そんな舊い言葉を使はないで下 さい! お前達があたしに面談を            ヽヽヽヽ 強要する當の的は、そのしかつめ らしい言葉の奧にわだかまる金錢 の量ではありませんか?」 「一應は金錢の量をも要求はしま す! けれども私達はそれによつ て慰められるものでも、死の償ひ を受けるものでもありません! 社長!私達が父母や妻子や兄弟の      ヽヽ 死によつてかきむしられた心の損 害は何によつて償はれるものでせ うか?考へて見て下さい。私達の 生きてゐることは金錢ばかりのも のではありません!感情に生きる 人間です!」 「それが、どうしてお前達の利益 になる言葉であらうか----?」 「社長!、貴方はまだ死といふも のと、利益といふものを結び合は さうとおつしやいますか。」 「いひますとも!」  狂つた神經の力を搾つて、セキ は劇しく卓子を叩いた。  彼等の眼は一樣にめら/\とし た炎に燃えた。  彼等は獸のやうに怒つた。 「航空會社の責任者は誰れだ?」 「誰れでもない、あたしです!あ たしで解らなければ、ハナド・セ キです!」 「サクラ號爆破の、責任者は誰 だ!!」 「やつぱり、あたしだと答へませ う!!」 「あの支配人は?」 「あたしの代理人です!代理人 で、お前達は濟ませないとでもい ふのですか!」 「當然な筋道ではないか!、己達 が死によつて失つた心の損害は責 任者であるといふ----君の心から の謝罪によつて償はれるのだ!君 の謝罪を要求するのだ!!」  彼等は一度に卓子を叩いて彼女 に迫つた。 「ぶ、無禮な!」  鋭いキカイの性能のやうに、セ キは卓子を叩き返した。 「地下街の蟲のやうなお前達に太 平洋航空會社の社長ハナド・セキ が謝罪出來るものか、出來ないも のか----よく考へて見なさい!」 「き、君は何んだ」 「あたしは地上の支配者です!」 「糞!」  彼等の眼は、ぢり!ぢり!と彼 女の眼に迫つた。彼等の巨手は毒 蛇のやうに擡頭した。               づゝ1 「ハナド・セキ!己達に五萬圓宛 の償金を與へろ!!」  End  Data  トツプ見出し:   大藏省査定案の   撤回を要求する   海軍補充計畫問題で   海相、軍令部長の意見一致す  廣告:   シバニ ホーサン石鹸  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年十月二十九日(水曜白) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年09月08日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月18日    $Id: gc72.txt,v 1.3 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $