Title  グリーン・カード 60  緑の札 60  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年十月十二日(日曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  死の舞 二  Description  三人目の下僕が新聞を讀み始め た時である。一人の老いた下僕が 慌たゞしく室内に驅け込んでき た。 「旦那さま、お珍らしい御訪問者 で御座います、」  老人は首を縮めて最敬禮を捧げ ながら報告した。 「誰だね!!」 「お喜び遊ばしませ!お坊ちやま とお孃ちやまで御座います」 「……………」  ヽヽヽ  たしかにそれは意外なことであ るに違ひなかつた。けれ共、彼女 の双頬に血の騒ぎは見えなかつた【。】 「新聞を讀み終るまでは、二人を ヽヽ こゝに通してはなりません!」  やがて兄妹は母の前に通された【。】  アキラはなるだけ快活に、青年 らしい明るさで、母の子であらう とする無邪氣さで、言葉を包んだ【。】 「お母さま、暫らくでした」 「ほんとうに暫らくだつたね」      ヽヽ  しかし、かういつたセキの顏に は微笑一つ浮かばなかつた。 「お母さま!」  にわかに、なつかしさ、戀しさ      ヽヽ が胸一杯にこみ上げたのか、タズ は不自由な眼を忘れて二三歩前に ヽヽ よろめき出た。 「お母さま!あたしは………あた しはお母さまに……………」 「タズ、お前まだお母さまを忘れ ずにゐたのだねえ----?」 「え!」  彼女はなつかしさ、戀しさの感 情が一度に失亡するのを覺えた。 「あたしは、もうお前達とは母で もなければ子でもないのだと思つ てゐた、現在もそんな氣持ちでゐ るのだが……お前達はまだやつぱ りあたしを母だと思つてゐるのか しらね……」  それは皮肉といふよりも怖ろし い冷酷なセキの宣言であつた。 「お母さま!それは何といふこと をおつしやるのです!人の子の母 として貴母は僕達にそれ乏平氣な お心でおつしやるのですか?」  鋭くアキラは詰め寄つた。自殺 した父の血が、は!と心臟に應へ たのをアキラは知つた。 「ええ!いひますとも!」  セキは微動だもしなかつた。 「さうぢやないの?アキラ、アキ ラといつて惡ければアキラさん。 お前がこのあたしを母だと思ふな ら何故無線電力の權利をあたしに 下さらないのです?!」 「では母と子の結びが、物質的な ものだとでもおつしやられるので すか----?」 「無論、母と子は利害の共有者で なかつたかしら?」 「と、----あの死んだ父は?」 「父?」 「自殺したお父さまのことです ----」 「お父さまがどうなつたといふ の?」 「もう貴母はお父さまが何故自殺 したかをお忘れになつたのです か?!」 「……………」 「お母さま!お願ひです!どうか たゞ一言、惡るかつた----とあの お父さまにお詑びして下さい!貴 母さへお詑びして下さるなら、僕 はお母さまのためにはどんなこと でも、否!誓つて奴隸になりたい と思つてゐるのです!お願ひで す、どうか僕の願ひを容れて下さ い!」 「お默り!」  セキの感情は破裂した。二人は又 激しい口論をくりかへし始めた。    ヽヽヽヽ タズはおろおろと聲を呑んで涙を 双頬に傳はせたまゝ、餘りの切情 に身を慄はせた。  セキはつと立ち上つた。慌てゝ アキラは彼女の前に詰め寄つた。 「お母さま!どうなさるので す?」 「眠くなりました、もうお話なん   ヽヽ か、こり/\です----。」 「………?」  不意にアキラは飛び上つた。 「お母さま!」  彼は刹那に鋭くタズの姿を突き 指した。 「あれを、あれを見てやつて下さ い!」 「それも----このあたしの罪だと いふのだらう?」 「さうです!貴母です!お母さま です!」 「馬鹿な!それはお前の罪じやな いか?!」 「え?!」 「あの夜のことは、皆なお前の罪 です!お前さへ權利を下されば何 もあんな騒動がなかつたはずぢや ありませんか?!」  End  Data  トツプ見出し:   地方長官會議【二日目】   米穀情勢に應じ   機宜の方策を行ふ   農村融資は收益ある亊業へ   町田農相の訓示  廣告:   我政府ノ最優秀ト確證セル世界的新治療豫防特殊免疫元 コクチゲン   せきどめに ファトシン パスチル  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年十月十二日(日曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月31日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月07日    $Id: gc60.txt,v 1.4 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $