Title  グリーン・カード 40  緑の札 40  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月十四日(日曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  グラス・ハウス 三  Description  漸く老人の慄える手に握られた のは二三十枚の原稿紙である。 「これを----ひとつ………。」  いひながら老人はその原稿紙を シノブの前に差し出したのだ。 「ストーリ?あたしの?」 「はい、左樣で………」 「なんといふの?」  ダンス・シユーパーマン4 「超人の舞!」 「ダンス・シユーパーマン?超人 の舞つて----大變、面白さうね、 でも此の間のやうな暗い寂しいも のぢやない?あたし、あんなもの 大嫌ひ!」 「…………」         ヽヽ   ヽヽ  老人は眼をしばたゝいて、うな だれた。おそらく彼女の言葉に對 して、老人ははつきりと答へるだ けの自信を此の作に見出し得なか つたのであらう。 「あなた、讀んで見ない?」 「…………」  老人はうなだれたまゝ默つてゐ る。老人は心の中で思つたのだ。  〃----清朗な百合姫よ、わたし  にも興春煙が吹かせたら、姫の  喜ぶストーリが書けませうもの  を----〃  老人は諦めた。黄昏の人生を、 哀しい生活に敷き詰められながら 生きる老人に、どうして青春の 夢が書けよう……。 「お待ち!」  諦めて力無く去る老人を、シノ ブは呼び留めた。  呼び留められて、ふと見返つた 老人の眼頭に光るものがあつたの だ。涙ではないか----。 「あなた、歸る?」 「はい……。」 「どうして、歸る?」 「はい、とてもこのストーリは先 先の……」 「氣に入らない----とでも、言被 る?」 「はい……」 「暗いもの?寂しいもの?」 「人生に疲れた暗い寂しい人間の 哀れな吐息で御座います」  老人の眼は沈んだ。  シノブは幾本目かの金口を咥へ てゐる。 「さようなら、先生……」  ----と。  不意に劇しいべルが鳴つた。中 央天候調節所が湖岸一帶の暑氣を 洗ふために雨を降らすといふ十分 前の豫報である。  思はず老人は立ち停つた。彼の 眼は豫報機に滑つた。  〃降雨----三十五分間〃  老人は溜息を吐いた。 「お掛け。」  命令的なシノブの言葉である。 「…………」  老人は默つて再び遠慮勝ちに座 を長椅子に占めた。  人造の降雨が始まつた。 「あなた、そのストーリに當があ る?」  雨の音を聽きながら、シノブは 老人に囁いた。 「どこといつて、わたしには」  死んだやうな聲であつた。  シノブは手金庫から二枚の紙幤 を摘まみ出して、それをぽん!と 老人の膝に投げ捨てた。 「お取り。」 「え!?」  老人は慄える手で二枚の紙幤を 握り占めると、その眼を露のやう に光らせたのだ。 「こんなに頂いては……?」  ヽヽ 「ほんのあたしの心持ちだけ--。」 「…………」  人造の雨は降り續けた。  End  Data  トツプ見出し:   市町村の自治に   女天下の時代來らん   婦人公民權案實施の曉は   斷然男子有權者を凌駕す  廣告:   婦人公論 五十錢  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月十四日(日曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月16日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月27日    $Id: gc40.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $